「あなたの心に…」

第2部

「アスカの恋 激闘編」

 

 

Act.30 バレンタイン大攻防戦 〜戦いの果てに〜

 

 

 

 2月14日、午前9時30分。

 私は1時間目終了後の休憩時間をレイとヒカリに任せて昇降口に走ったわ。

 ヒカリは完全に腰が引けていたけど、有無を言わさずにレイと腕を組ませたの。

 ま、長時間は無理ね。

 敵が気付くまでの短い時間しかないわ。

 私は超音速で昇降口へ達すると、まずシンジの下足箱を確認したわ。

 これは一目でOK。メガネは完璧な仕事をしてたわね。

 どんな手を使っても中にものを入れることは不可能。よくやったわ、メガネ。

 次に自分の下足箱。

 ガバッと開いて、中を覗く。

「いる?マナ」

「いるわよ…」

 うっ!怖い…。

 下足箱の中の顔って、こんなに怖いの…。

 こりゃあ、学校休んだ子の気持がわかるわ。

「昨日の晩に決めた例の作戦、決行するわ。
 昼休みに敵が溜まった頃を見計らって。わかった?」

「了解…」

 にやりと笑ったマナの顔は効果満点だったわ。

 思わず背筋にぞくぞくって来ちゃった。

 さ、さすがは本物の幽霊ね。

「じゃね、よろしく!」

 バタンと扉を思いっきり閉めて、私は教室へ走った。

 階段はすべて2段飛ばしよ!

 

 2月14日、午後12時30分。

 問題の昼休みが始まったわ。

 放課後はブッチギって逃走すりゃいいんだから、ここが峠なのよ。

 敵だってそんなことは承知してる筈。

 シンジの命運はここに在り、なのよ!

「ね、アスカ?」

「なに?」

「私たち、こうして…食べるの…?」

「そうよ。いい子にして、二人で並んで楽しく食べてね」

「楽しく…たって!こんなの!」

「せや!滅茶苦茶やないか!なんであいつ等の面見ながら食わなあかんねん!」

 二人が反抗するのはもっともなの。

 私たち3人の机と、戸口に屯する連中との間に、並べて置かれた2脚の机。

 そこに座ってお弁当を食べるように強制されたヒカリと鈴原。

 軽い気持でOKした二人が、連中の形相を見て後悔したのは当然。

 連中にとったら、二人はただの障害物だもんね。

「約束、したよね」

 私は冷酷に突き放したわ。

 ごめんね、ヒカリ。この埋め合わせは絶対するから。

 我慢してよ、鈴原。ヒカリとくっつけるから、一生幸福にしてもらってよ。

 とにかく、この二人を楯にして直接攻撃は避けることが出来るわ。

 

 戸口にはどんどん女の子が増えている。

 20人以上はいるわね。

 こっちを見る目が怖いわ。

 しかし、シンジって鈍感なのかこんな環境でものほほんとしてる。

 レイのお手製弁当をにこにこしながら食べている。

 今日がバレンタインデーだってことは、レイからもらってるから知ってるよね。

 ホント、変なヤツ。

 さて、そろそろ始まるかな?

『キャァッ!』

 廊下で叫び声がした。始まったわ。

 戸口を見ると、みんな廊下のほうを見てる。

『いやっ!こないでぇ!!』

 教室の人間も何があったのか、立ち上がったりしてざわざわしている。

 その中で平気で食事を続けているのが、私とシンジ。

 私は騒動の理由を知ってるから平気なんだけど、シンジは鉄面皮?

 廊下では絶叫してる女の子が3、4人に増えてるわ。

「どうしたんだろ?ねえ、アスカ」

「さあ、関係ないわ。レイ、これちょうだい」

「あ、はい。どうぞ」

 私に微笑みながらも、外の様子が気になるレイ。

「どうしたの?」

「はい、あの…廊下は何を騒いでるんでしょうか?」

「さあ、わかんないけど、こっちには好都合じゃないの」

 もう、戸口からこっちを見てる人間はいない。

 逆に教室側から廊下へ出て行く野次馬がいるくらい。

 これでまず大丈夫。

 さすがは、最終兵器マナね。

 昼休みの間は廊下と教室の混乱で、シンジの元にたどり着けた娘はいなかったわ。

 よし!学校での攻防戦は勝利しそうね。

 う〜ん、早くマナが何をしたのか聞いてみたいな。

 

 2月14日、午後8時30分。

 門限の厳しいレイのお迎えの車が来たから、レイは名残惜しそうに帰宅の準備をしてる。

 もしかしたら、今日はレイにとって、
 シンジと一緒にいた時間が最長だったんじゃないかしら?

 人間の欲望ってきりがないから、もう少し、もう少しって思っちゃうみたいね。

 でも、最後にシンジが一言『今日はありがとう』って言ったものだから、
 顔を真っ赤にしてエレベーターホールへ走って行っちゃった。

 これでリビングには私とシンジだけ。

 テーブルを挟んで向かい合ってる。

 ママは自分の部屋に閉じこもったの。

 どうせ気を利かせて退場したんでしょうけど、マナと色々お喋りしてるんだろうな…。

 ……。

 何、これ?

 間が持たない。

 飲み物は…さっき飲んだわよね。

 お腹も一杯だし…。

 何か喋らないと…、えっと、えっと、あれ?何を喋れば…。

 えっと、あ〜、早く話題を見つけないと、シンジが帰っちゃうよ〜!

 あれれ…。ホントにない。どうして?

 シンジは向かいでニコニコ笑ってるけど、
 ふん!どうせレイにもらったチョコのことでも考えてるんでしょ!

 あ、チョコ渡さないと…。

 そっか、それが気になって話題が見つからないんだ。

 でも、タイミングってものがあるんだから…。

 えっと、どうやって切り出したらいいの?

 レイはどうしてたっけ。

 あ、そうか。『私の、はじめて、もらって』って、俯いて…。可愛かったな、レイ。

 私でシュミレートしたら…。

 げげ!キモチワルイ!私がアレやったら、変よ!変!

 でも、ちょっとやっていたい気も…。

 シンジはそんな私を見て、どう思うだろ?

 可愛いって思ってくれるかな?

 くれないよね。私、可愛くないもん。

 そういや、ヒカリだって…しおらしい感じだったもんね。

 やっぱり恥ずかしいって感じにしたらいいの?

 実際凄く恥ずかしいんだけど…。

 ああっ!もういい!私は私よ!

「馬鹿シンジ!」

 突然立ち上がって、指を指された上に、名前を叫ばれたら、
 まあ、普通目を白黒するわよね。

 当然、シンジもびっくりしてたわ。

「な、なに?」

「義理よ、義理。わかる?義理なのよ。だから待ってなさいよ!」

 義理を散々叫びまくって、私は自分の部屋に戻ったわ。

 

 チョコは机の上にある。私のと、マナの、赤と銀に包装された2個のチョコ。

 私は溜息を吐いて、それを眺めた。

「もう…義理って言っちゃったもん…。本命なのに…大本命なのに…」

「仕方ないよ。今さら、本命ですなんて言えないもん」

「マナ…」

 いつの間にか、ベッドの定位置にマナがいた。

「ありがとう。今日はマナ、大活躍だったよね」

「うん」

 マナがにっこり微笑んだ。

「だから、ご褒美ちょうだい!」

「え、ご褒美?」

「そうよ。早く、シンジに渡してよぉ〜!」

「あ、そっか。ごめん」

 わかったよ。背中を押しに来てくれたんだね、マナ。

 私はわざとおどけてマナに敬礼したわ。

「アスカ、行きます!」

「よし、行け行け、GO!」

 マナがガッツポーズをして見せた。

 私は大きく頷いて、チョコを手に持ったわ。

 

 2月14日、午後9時15分。

 今からが私のバレンタインデーなのよ!

 シンジはおとなしく座って待っていたわ。

 私は大きく息を吐いて、テーブルへ向かったの。

「はい、これ」

 私は右手に持っていた、マナの方の銀色の包みを差し出した。

「え、僕に?」

「アンタ、馬鹿ァ?馬鹿シンジ以外に、ここに誰がいるのよ」

「そ、そうだね。はは」

 何、真っ赤になって照れてるのよ。

「ほら、早く受け取りなさいよ」

「あ、ごめん」

 シンジはまるで壊れ物のように、包みを両手で受け取ったわ。

「そうそう、それ本命よ」

 うん、マナのために言っておかないとね。

「え、ええぇっ!」

 な、何よ。このリアクションは。私、変な事言った?

 シンジは顔を真っ赤にして、私の顔を見つめてるわ。

 て、照れるじゃない。でも、どうして?

「さ、さっき、義理だって…?!」

「へ?」

 馬鹿ね、マナが義理チョコ渡すわけないじゃない。

 ホントに馬鹿シンジね、何を考えて…。

 ……。

 ……。

 あれ?何か変ね。どっかで、間違えたっけ。

 ……。

 えっと。え?あれ?あ!ああっ!

「違う、違う、違う!それ、私からじゃない!」

 私としたことが、誰からって言ってないじゃない!

「え?アスカからじゃないの?」

「そ、そうよ。預かりものよ、それは」

「でも、今日あんなに他の女の子からもらわないように頑張ってたじゃないか。
 それなのに、どうして?」

 いくらシンジが鈍感でも、あんだけドタバタしてたら察しはつくよね。

「この娘は特別なの!アンタにはもらう義務があるの!」

「ぎ、義務ぅ?」

「そうよ、義務。誰からってのは秘密だけど」

「そんなの、誰かくらい聞かないと…」

「うっさいわね!つべこべ言うんだったら、私の義理チョコあげないわよ!」

「え!わかったよ。いただきます」

 はん!何慌ててんのよ、シンジは。

「あ、カードが…。読んでいい?」

「アンタ宛てでしょうが。なんで、私に聞くのよ」

「そ、そうだね。うん」

 シンジは真剣な顔で、カードを読んでるわ。

 もちろん、私は内容を知ってる。

『アナタはいつまでも私の心の中にいます。Mより』

 あ、当然文字を書いたのはママよ。

 私の字は個性的だから、すぐ見破られちゃうもん。

「アスカ?」

「何よ?」

「お返し…した方がいいかな?」

「当り前でしょ。とびっきりのを返してあげてよ」

「誰に?」

「え、えっと、そうね、匿名希望だから、私が中継してあげるわ。
 あ、そうそう、食べ物は駄目よ」

 食べられないから、幽霊は。

「あ、うん。わかったよ」

 シンジは包みを自分の前に大事そうに置いたわ。

「で?」

「はい?」

「義理チョコの方は?」

 うへ!そうだった。ずっと左手で持ってたんだっけ。

 私の熱いパトスで溶けちゃってないかしら?

 な、何て言って渡せば…。

「そうね、はは、すっかり忘れてたわ」

 忘れるわけないでしょ。この瞬間のために頑張ってきたんじゃない!

 私は左手を前に出した。

 赤い包装紙のチョコ。

「ほら、あげるわ。ぎ、義理だかんね。ちゃんと義理には義理を返しなさいよ」

 本命、本命、本命、本命ぃっ!

 わざとツッケンドンに差し出した、

 私の本命チョコをシンジは両手で包むように受け取ってくれた。

「ありがとう。嬉しいよ、ホント」

 何言ってんのよ。アンタ、レイからもらって、あんなに嬉しそうにしてたじゃない。

 義理で言葉を返すんじゃないわよ。

 でも、義理でも…、たとえ義理でも、嬉しい。

 シンジが私のチョコを嬉しいって言ってくれたんだもん!

「アスカ、これ、手作りだよね」

 え!ど、どうして、どうして知ってるのよ?

「な、なんで、わかんのよ。コンビニかスーパーで買ってきたかもしれないじゃない!」

 何、狼狽えてんのよ!手作りでしょうが、バシッと言わなきゃ!

「どうして、義理に手作りをいちいち…」

「だって、昨日の夜、アスカのベランダから甘〜い匂いが押し寄せてきたから」

 ん?

 アスカ、昨日の夜のリプレイ中。

 ……。

 あ!甘い香りに窒息しそうになって、窓開けたっけ。

「ふ〜ん、だからって、馬鹿シンジに手作りのチョコが行くって保証はないじゃない!」

「あ、そうか。でも、今日はアスカとずっと一緒だったから。誰にも渡してないよね」

 な、な、なによ、その顔は。なんでシンジがそんなの気にするのよ。

 アンタにはレイの本命チョコがあるじゃない。

 それとも、何?

 まさか両手に花を狙って…!シンジって色魔なの?!

「ほ、ほら、休み時間に一度教室から出て行ったじゃない。あ、あの時よ」

「でも、手ぶらだったよ」

「へ?そうだった?」

「うん。ちゃんと見てたから」

「そうなの?」

「うん。顔色変えて飛び出していったから、よく覚えてる…」

 ……。

 で、どうして私は手作りじゃないことにしたいんだろ?

 はは、なんだ。照れてんだ、私。

 ぼふっ!

「て、手作りだから、成功したのがそれ一つしかなかったのよ!」

「あんなに匂いがするほど、作って?」

「そ、そうよ。だから、一つしかないチョコを…」

 しまったぁ!シンジにしかあげないことを自白してるじゃないの。

 馬鹿シンジったら、ニヤニヤ笑っちゃって、
 はは〜ん、取調べごっこでもしてるつもり?

 ま、いいか。

 不本意だけど、手作りのチョコをシンジにだけ渡したってことは伝えられたんだから。

 そう考えたら、よかったじゃない。うんうん、ばっちりよ。

 くぅ〜!今日は最高!

 

 2月15日、午前0時1分。

 取り留めのない話をして、無理矢理引き止めていたシンジを私はやっと開放したわ。

 日付さえ変わってしまえば、もう大丈夫。

 私は安心して、シンジを送り出したの。

 はぁ…、大変だったけど、良かったな、今日は。

 チョコもちゃんと渡せたし。私の本命も、マナのも。

 他の娘のは阻止できたし、レイは…。

 レイもラブラブだったから…悔しいけど、うぅ〜、仕方ないわ。

 本当にいい一日だった。

 さ、お風呂入って、ぐっすりと寝ましょ!

 

 翌日、復旧工事をすることを忘れていた私は、走り回る羽目になった。

 シンジの部屋のポスト。

 マンションのポスト。

 学校のシンジの下足箱。

 メガネのヤツ!こんなに頑丈に封鎖して!許さないわ!

 

 

 

Act.30 バレンタイン大攻防戦 〜戦いの果てに〜  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第30話です。『壱中バレンタイン戦争』編の後編になります。
『トイレのマナちゃん』の大活躍です。
でも、なにをどうしたんでしょうか?
あ!こんなところに変なファイルが!

<おまけの外伝>

恐怖!壱中の七不思議
トイレのマナちゃん

 今から××年後、
 壱中の新聞部が1冊の小冊子を発行した。
 題して、『壱中の七不思議』。
 内容は、どこの学校にでもよくある怪談話だったが、
 ただひとつ、かなりの人数の証言者によるレポートが異彩を放っていた。
 誰が読んでも事実としか思えないような、リアリティのある、それはそれは恐ろしい話だった。

「何よ!これ!」
「ほら、こわいじゃない。私、あそこのトイレ行けないわ」
「私はそれより、大塚君好きなのに、バレンタインにチョコ渡しに行けないよ〜。
 どうして大塚君、3組なのよ。祟られちゃうじゃない!トイレのマナちゃんに!」
「これ実話らしいわよ。間違いないわ」
「そうそう、私のおばさんがこの時見たらしいの。トイレのマナちゃんを。
 それで怖くて怖くて、何日か学校休んだそうよ」
「へぇ〜、やっぱ、本当の話なんだ」
「うん、有名な話よ。トイレのマナちゃんは」

<おまけの外伝 恐怖!壱中の七不思議・トイレのマナちゃん>
その一部分でした。本編完結後に全文公開しようかな?ご希望があれば。

 さて次回は、いよいよ登場アスカパパ『マナ絶体絶命』編!パパは変なヤツ!